日々のこと

誰にも言えない独り言

どうにもならない



酒を飲んでは酔って帰ってきて、恫喝したり目の前で物を壊したりする父とそんな夫と顔を合わせたくなくて、父が帰宅するとスッと一人だけ逃げるように風呂に行ってしまう母の間で育ちました。彼女はそのまま父が寝るまで部屋に戻ってこない。

そうなると父の怒りの矛先は幼い子供達に向く。

夜中に怒鳴る程の事でもないような、本当に小さな事で怒られました。目の前で鉛筆を折られたりして、怒鳴られ続けてただ怖かった。

誰も助けてはくれない。そんな父が不倫をして金を無心に来る時以外は帰って来なくなり、遂には家を出て行ってからは、もう暴力を振るわれなくて済むと子どもながらにホッとしていました。

引っ込み思案だった私はそんな経験から、父のように色々な人から理不尽に怒られるのではないか、怒鳴られるのではないかと思えば自分の意見を口にするのが怖い。注目されるのも苦手でおどおどしていて暗くて冴えない様子は周りの子から見ても明らかだったのでしょう。家は貧乏で可愛い服も買えない、仲良しの子達が持っているようなピアノやシルバニアファミリーも買ってもらったことはない、遊園地にも行ったことがない、クラスでも何となく浮いていた私は一部の子達からいじめられるようになりました。

一番辛かったのは小学校六年生の時、キャンプでフォークダンスがあったのですが、ペアの男の子は嫌そうな顔をしたまま、最後まで手を繋いでくれませんでした。ただ、円をぐるぐる歩いて回るだけ。みんな楽しそうに踊っているのに。

その後、両親の離婚が決まって引っ越す事になり新しい小学校に転入した時は、ここでは上手くやらないとと意気込んだは良いものの、やっぱりそこでも上手くいかなかった。

幼稚園から皆一緒の持ち上がりで、出来上がった輪の中に私は入っていけなかった。

定期的な席替えのくじびきの時、たまたま三回連続で隣同士になった男の子が、また私の隣だと分かった瞬間泣き出してしまったのも辛かった。

彼は給食の時間になっても、それが終わっても泣き続けて、皆がその子を慰める中、私、いない方がいいですか?と一人で泣きたいのを一生懸命黙って堪えていました。

皆の「可哀想」はその子に向けられるべきもので、原因である私には向かなかった。

相談出来たり、慰めてくれるような友だちも出来なかった。

社会人になった今も上手くいかない。

今も怒鳴る男の人が怖くて縮こまってしまう。

会社のお局様的な女性が私を嫌っていて、彼女に同調して男性達も一緒になって目配せをして笑いあったり、陰口を言っているような状態です。

女性も苦手ですが、それ以上に男性が怖くて上手く話せない。鼻は低くだんご鼻、目も小さく残念ながらブスと言われるタイプの顔の上、病気をして左右の目の大きさが違ったり斜視だったりで手術でも治せない。(手術をしても一時的なもので、また目が縮んだり斜視になる可能性が高いそうで)そうなるとメイクでも誤魔化せず、いよいよ見栄えも悪く相手にもされない。

周りの友だちが結婚して出産したりしている姿を良いなぁと思ってみています。

家庭に恵まれないからずっと温かい家庭が欲しかった。自分の子どもだって抱いてみたかった。

優しい男性も世の中にはきっと沢山いるけれども、そんな人に出会えない。

出会えたとしても自分を知ってもらうのが怖くて、どう接したら良いかわからなくて話しかけられない。理解してもらえないから誰とも恋愛には発展しない。ずっと死ぬまで孤独なのだろうと思うと辛くて死にたい。

人並みに幸せになってみたかったし、みんなみたいに誰か一人の人でいいから好きになって貰いたかった。自己肯定感がもう少し強かったらよかったのに。子どもの頃から色んな出会いを通じて、自分の価値はすり減りました。

過去を乗り越えるだとか、勇気を出して変わるだとか、もうそんな気力がない。

男性恐怖症を克服しないと、結婚願望はあってもきっと結婚も無理なのだろうと思います。

話すらまともに出来ないから。